club recolte
NO.23


〜裏レコルト〜

新年のご挨拶

旧年中はレコルトを大変ご愛顧いただき、誠にありがとうございました。
厚く厚く御礼申し上げます。

本年がみなさまにとりまして輝かしい一年になります様、心よりお祈り申し上げます。

「クリスマスのお茶とお菓子の会」
多数のご来店ありがとうございました!

毎度毎度の、突然の慌しいご案内に関わらず、また年末のご多忙の中、
一昨年以上にたくさんのお客様にご来店いただきました。
本当にありがとうございました!

今回も、クリスマス定番となった、店主手作りのデザートで、
大変ささやかながら、おもてなしをさせていただきました。

また今回、お買上げ金額に応じたクーポン券に加えて、
『松坂大輔レッドソックス入団記念&ディープインパクト引退記念・サイコロ勝負!』
と称して、サイコロの出た目の数に応じた、クーポン割引の金額をプラスさせていただきました。
みなさまそれぞれ内に秘められた勝負心を呼び起こされ、大変わずかなひと時ではございましたが、
ワクワク・ドキドキ感を楽しんで頂けたことと思います。

そして中には、「あっ、私には実はこんな勝負魂があったんだ!」
とお気付きになり、少なからずショックを受けられた方、
また、サイコロを「えいっ!」と振り出した瞬間の快感が忘れられず、
危うくその道(丁半博打・チンチロリン等)に足を踏み入れようとされた方、
さらにはお帰りの途中にサイコロをお求めになられた方、
様々おありだと思います。

今回のクリスマスは「サイコロ」という、大変身近な遊び道具で、
しばしゲームをお楽しみいただきました。
今後もサイコロに関わらず、みなさまに童心に帰っていただけるようなモノを探し、
実際にお楽しみ頂きたいと思っています。
「中途半端なゲームじゃいや!私はひたすら勝負がしたい!」といわれる方、
「サイコロ振らんと夜眠れないようになってしまった。責任を取って欲しい。」
といわれる方はぜひともお申し付け下さい。
喜んで受けて起ちましょう!
そして今年もみなさまにたくさんのワクワクと、安らかなひと時とをご提供できる、
日本中どこを探しても他には絶対に無い店、
そういった意味で大変大変欲張りな店でありたいと思います。

本年もどうぞ宜しくお願い申し上げます!

亭主(夫)、新年の決意 その一

他でもない、今回もまた新年の決意は、この『クラブ・レコルト』のことです。
昨年は、初詣の神社の松明、その燃え盛る炎と共に立てた年頭の決意が、
1月末には早くも崩壊の兆し。
2月末に風前の灯火の状態となり、
3月半ばには哀れ鎮火いたしました。
その後、消防の実況見分、警察の職務質問を逃れるべく我が家の二階に籠もり、
息を潜めること約9ヶ月。
ようやく時効、じゃない、新年をまた迎え、
新たな決意をみなさまにお伝えできることとなった次第です。

イタチごっこの様な繰り返しではありますが、
今年は最低4回の発行をお約束とし、
可能ならば隔月でのお届けを目標とさせていただこうかな、
これならできそうかな、
ダメかな、
ダメだったらまた隠れちゃおうかな、
といった、極めて曖昧な辺りに目標を置き、
毎月発行の野望は、来年以降にひとまずとっておこうかと思っています。
まずはこちらが第一の決意。

亭主()、新年の決意 そのニ

実はまだこの僕だけしか知らない、とても秘密のことなのです。

新年が明けて、子供たちがようやくまた学校に通い出しました。

レコルトのお店は、1月9日より通常通りの営業に入る予定でした。
店主は前夜、遅くまでかかって、新しく入荷した冬物コート、セーターをお店に出すべく、
値札付けやら再度の検品などを、入念に行っていました。

当日朝も、いつもよりも時間を多めにかけて、入口、店内、庭の掃除や、
ディスプレイの小物を飾り直したり、商品をもう一度整えたりと、
開店時間までそれは慌しく準備を行っていました。
アロマオイルを炊き、新年らしく、いつもよりしっとりしたBGM用のCDをデッキに入れ、
そして朝10時。
久し振りの開店です。

それは静かな静かなお正月明け・・・・・

やがてお昼になり、時間はゆっくりと流れ、そして更に静かな静かな午後へ。

僕は「ホームページの更新作業でもするか」と、机に向かい、パソコンを立ち上げ、サイトをチェック。
そして、あわわわわと愕然。
なんと、当サイトのインフォメーションには、こんな記述が。

レコルト実店舗は誠に勝手ながら1月11日からの営業となります・・・・・」

ぬ!ぬわんだとぉっ!
営業再開は9日のはず!
だっ、誰だ!こんないたずらを・・・・子供か、店主か、ハッカーか!

独り憤ってみたものの今さらどうなるわけでもなく、
少し気を鎮めてから、年末年始の我が家のここまでを、じっくりと思い出してみましたら、
するとそこには紛れも無い事実が・・・・・。

・・・・・年末からしばらくの間、実は僕しかこのパソコンを触る機会は無かった。
それは紛れの無い事実。
僕以外の家族には確かなアリバイがある。
サイトの記述も、他にはおかしい箇所はない、
おかしいのはこの日付だけ、ということは、犯人は・・・・・・。

こういう時は、総じて対応策よりも何よりも、口実が真先に頭に浮かぶもの。

幸いにして、店主もお客様も、誰もこのことには未だ気付いていない。
このまましらばっくれてしまおうか、
それとも2日間だけ、口も利けない程の不治の病になるか。
いっそのこと中東砂漠方面か南米ジャングル密林地帯へ逃げ去るか・・・・・。

散々考えた挙句、
「今日はお客さん来ないねえ、静かだねえ、バーゲンかねえ、アウトレットかねえ、暇だねえ・・・・・」
と、すっかりとぼけてシラを切ることに。

 

他言無用、告げ口した人は、ただじゃおかないからね!

 

それにしても、僕は今年は何としてもこのいい加減さを直さないとなあ。
【カシミヤと一点もの専門店:レコルト】という現在のタイトルが、
チマタで随分と婉曲して伝わり、そのうち
【しっかり者で働き者店主とナマケモノ亭主の店:レコルト】とか、
【正直者店主とウソツキ亭主の専門店:レコルト】などとして、世間に知れ渡ってしまうのはどうもなあ。
「ナマケモノ」は仕方ないとしても、「ウソツキ」だと子供が哀れだしなあ。
いっそのこと「高飛び亭主」とか「トンズラ亭主」・・・・・余計に人聞き悪いなあ。

そういう、大変奥深い理由と、僕の唯ならぬ決意のもと、
今年はきちんとしたタイムスケジュール、そしてみなさまへの迅速・丁寧なご案内、お知らせ持って運営されて行くであろう、
レコルト
2007年亥年の、華麗なるスタートと相成りました。

 

バーゲン&セール、賢い選択は、まずは

レコルトをご覧になってから!!

ありきたりのバーゲン&セール、アウトレット商戦も、

レコルトは敢えてやりません!

やるのは大手に対しての我々なりの「抵抗」と、

お客様に対しての「ワクワク!&満足感!」のご提供。

l        セーター¥3,000のコーナー

l        セーター¥5,000のコーナー

l        アウター¥7,000のコーナー

l        アウター¥9,000のコーナー

ご主人と思わず外出したくなる

l        メンズアウター¥3,000のコーナーは早い者勝ち!

以上を1月末まで店内に設けます。商品はご来店いただいてのお楽しみ!(毎日補充して行きます。)

さらに、同じく1月末まで、¥10,000以上のアウターをご購入の方には「宝くじ」が!

特別に仕入れた「中綿ブルゾンもしくはコート」が、1/2の確率で当たります!

(店頭上代¥7,800〜¥9,800相当の商品;

充分な仕入を行いましたが、ご希望のデザイン、サイズ、カラー切れの際は、何卒ご容赦下さい)

「な、ナニやるんですか突然!」

という、東海3県全ての婦人服小売店・セレクトショップ・有名ブランド・大手百貨店様よりの、
「驚愕」と「苦情」の声が聞こえそうではありますが、
僕にはレコルトメンバーズさまの「拍手」と「喝采」にしか聞こえません。
やってしまうもんは仕方ないのです。
そう、レコルトはあなたに、「ワクワク!」そして、安らぎ、和んで頂くことを、何よりも追求するのです。
そして、

      あなたに、美しくなっていただくこと。

      あなたに、内面からも美しくなっていただくこと。

      美しくなっていただくことにより、あなたに精神的に豊かになっていただくこと。

      あなたにとってのお洋服での不利益を減らすこと。

上記のミッションにひたすら向かい、前進するのです。
僕は確かにナマケモノで大法螺吹き男ですが、以上のことだけは、声を大にして誓います。

 

レコルトで厄払い

全く私事なのですが、今年はいよいよ僕も本厄を迎えました。

では、本厄を迎えた男には、苦悩波乱困難絶望等が、一度に大挙押し寄せてきてしまうという、
大変恐ろしい年なのか、というと、決してそういうことではありません。
ご存知の様に、日本には古来から、人生の節目を「厄年」として忌み慎む習わしがあります。
人間の一生のうち、何らかの厄難に遭遇する恐れの多い年齢をいい、
医学の発達した現代においても尚、肉体的にも、精神的にも問題が起きやすく、
万事に慎まねばならない年齢として、意識されているという訳なのです。

しかし言われてみれば、日本人の平均寿命は1880年(明治13年)頃には男36歳、女38歳でした。
それが、1890年に男38歳、女39歳、1920年には男42歳、女43歳となりました。
その頃で言うならば、僕にもそろそろ来年辺りにお迎えが「順番ですよ」とやってきて、
親交深き人々に暇乞い状をしたためた後、野辺に送られてしまうのかというと、
これも決してそれだけではありません。
医学が未発達だった当時は、子供の死亡率が今よりも非常に高かった事が第一要因で、
平均寿命が低かったということです。
平均寿命にはその他、男性は特に戦争などが大きな変化の起因となりますね。

しかし「厄年」とはよく言ったもので、本当に色んな厄が、我が身にふりかかって来ます。
「日頃の行いがねぇ」「心掛けがねぇ」「ヒゲが気に入らないねぇ」などと言われてしまえば、
もうミもフタもありません。
でも今それらは、全て僕個人に集中してふりかかってきてくれているのであって、
僕の家族や「レコルト」いうお店にふりかかってくるのでは決して無いのです。
おそらくこの先もこうでしょう。

ということは、早い話が、レコルトにご来店いただければ、
それだけでみなさまは様々な厄払いができるという、
何とも便利で素晴らしいことなのです。

今のところ、有難くひとりで全てを受け止め、楽しみながら消化・吸収・排出をしています。
でもこの先、どうしようもなくなり、苦し紛れに、
「もう誰かに厄投げちゃえ、えいっ!」
などということは絶対にいたしません。
どうぞこれから身近な方で、厄年をお迎えになる方がお見えならば、
僕の話を笑い話にして、充分気をつけられるようにお伝えして下さい。
そしてレコルトに一緒にお連れ下さい。
私が厄払いをして差し上げます!?

それぞれの初詣

僕の実家は愛知県安城市にあります。
今では新幹線の駅もあり、周辺は都市開発もたいそう進み、
世間では「都会だよね〜」と稀に言われる安城ですが、
それはあくまで新幹線や、国道、バイパスを中心とした「表向き」地域での話であって、
僕の実家の付近は、いわゆる「裏安城」。
少なくともここ30年来ほとんど何も変わることなく、
ただ21世紀に突入してしまった、そんな印象の集落です。
田んぼや畑が無限大に広がる、大いなる田舎です。

僕自身は全く無宗教の身で、ここ多治見では毎日のほほんと暮らしているわけですが、
大いなる田舎の方では、ここ十年近くに渡って、
今年揃って本厄を迎える同年の者たちが、新年を迎えると同時に神社で行う、

初詣の参拝客への
振舞の準備を、仲間と共に進めて来ました。

「振舞」は、当然大田舎ですので、こういったことはたいそう派手に行われます。
初詣に見えた方達に、お酒やジュース、お茶などの飲み物、体の温まる食べ物や、
子供用にお菓子の詰め袋などを、本厄を迎えたおとっつあん達が振舞うわけです。

僕達が選んだ振舞の献立は、おでん、豚汁、おそば。
「節約節約」とばかりに、全て仕込から手作りで作業を進めました。
この大田舎では、使った茶碗や皿、湯飲みはもとより、すべてが参拝客に振舞われます。
他に子供へのお菓子、みかんなども・・・・。
準備はそれは大忙し。
中年オヤジ20人総出による大仕事です。
手伝いの後輩たちも含めると総勢約60名。
そうやって支度をした、おでん1600人前、豚汁800人前、おそば800人前、お菓子2,000袋、日本酒約70升も、
深夜0時から、次々と押し寄せる参拝を済ませた町の人々に振舞われ、
わずか45分で終了。
燃え上がる大きな大きな焚き火で暖をとりながら、
正月休みで地元に戻り集まった懐かしい顔同士が談笑する、
いつもの初詣の光景が境内の各所で見受けられました。
僕達は準備から当日、後片付けと、徹夜作業も続き大変ではありましたが、
とても貴重な経験をすることができました。
みなさまのご出身の地域はいかがですか?
所違えば、初詣の時間帯も、神社での振舞いも、簡素だったり、無かったりと、
かなり異なってくることでしょう。
狭い日本でも、その地域性とは本当に奥深いものを持っていますね。

中年のカラスのお話

今回一緒に厄年を迎えた、「仲間」といっても、
そのほとんどは、
それこそ長い青っ鼻を垂らして
(今でこそあまり見かけませんが、当時は本当に全員垂らしていました)
毎日いたずらをし、「日本のデンマーク」と呼ばれた農業地帯の田畑を駆け回り遊んでいた、
3〜4歳の頃からの友達ばかりです。
もちろん通った保育園、小学校、中学校も一緒なので、
気心は知れていますし、遠慮もありません。
そして名前やあだ名など、呼び方も昔のまま。
いいおとっつあん達が、冷静に見ると非常に妙な光景ではあります。

それにしても、みんな仕事上の話や、借金など、
都合の悪い、ごくごく最近のことはすぐ忘れるのに、
「あの時○
○の家で、床の間に飾ってあった、
おじいさんの宝物のでっかい水晶玉でやった、
コーラの瓶のボウリングは凄かった!
瓶がスゴイ方に飛んで行った!」
「みんなで○○の家の縁の下にもぐった時、
××だけが汚いままの手でおにぎりを食べて
食中毒を起こして保育園を休んだ!」
といった、遥か彼方の、全くもってどうでもいい記憶だけは、
忘れず正確に覚えているものです。
(僕はボウリングに企画&選手として参加)

僕の一番の仲良しは、K君とM君でした。
保育園に通い始めるよりも、ずっと以前から、
3人は良く一緒に遊んでいました。
もちろん保育園でも行動は3人いつも一緒。
帰ってからも一緒。

小学校でも、クラスは違ったりしても、それぞれが仲良しの友達であり、
ライバルであり、それぞれお互いを認め合い、目標としていました。
やがて僕達3人は、学年でもかなり目立つ、特別な存在の3人となり、
先生方から「三羽ガラス」などと名付けられ、
すぐにみんなからもそう呼ばれる様になっていました。

3人は学校から帰っても、行動をほとんど共にし、
日が暮れるまで田んぼや神社の境内で遊んでいました。
誰か一人、発熱などで一緒に遊べなくなったりすると、
仕方なくいつもよりもおとなしい遊びを選び、
残った二人で寂しく静かに遊んだものです。

小学校の6年が過ぎ、やがて3人は同じ中学校に進みました。

K君はサッカーを始め、僕とM君は一緒にバレーボール部へ入部しました。
K君は学年でも一番小さな背丈だったので、サッカーを選択したのは大正解でした。

1年生ばかりのバレー部で、M君は身長が低かったものの、
頭脳的なトス回しが上手く、セッターを任され、
僕もレギュラーとして攻撃の一翼を担いながら、
チームをまとめる主将の役を2年半務めました。
M君のトスを打ち続けた2年半、今思えば僕が今まで一番汗を流し、
スポーツに打ち込んだ日々でした。
彼のトスを、一体何千回、ネット越しに打ち込んだことか・・・・・。

毎日の部活が終わり、日も暮れかかった帰宅時間、
僕達は何も打ち合わせることなく、また3人が自然と顔を合わせ、
家路へと向かう毎日でした。
誰かが遅れれば、残る2人がそれを待っていました。
時に駄菓子屋に立ち寄り、ジュースを買って飲み、
時に給食室から貰ってきた、大きなポリ袋一杯のパンの耳を、
口いっぱいに頬張りながら、帰った日々。

やがて3年が過ぎ去り、高校進学。
3人が初めて別々の学校へ進むことになりました。
学校は別々でも、家が変わるわけじゃないから。
何時でも会えるな、最初は誰もがそう思っていました。
三羽ガラスは、ずっと三羽のままだと。

確かに会うことはできました。
でも、次第にそれぞれの学校生活が確立されていくに従い、
会う回数は自然と減っていったのです。

やがて高校を卒業し、僕は京都の私立大学へ進みました。
K君は地元超大手企業系の学校から、その企業に就職。
M君はニ浪の後、京都大学へ進学しました。
僕と同じ京都市内、それならすぐに連絡を取って、会いに行けばいいのでは・・・・・
そんな考えを起こせないほど、実は僕はM君に対してその時、
初めて「遠慮」というものを感じ取っていたのです。

彼が研究で超多忙な毎日を送らねばならない理工系学部であった事。
浪人を重ねたため、決して学業は失敗できない立場にあった事。
それと当時彼の家庭に起こったとても不幸な出来事・・・。
彼の性格を知っていたから、連絡を遠慮してしまったというのも、
本音としてはありました。

やがて僕は大学を卒業し、名古屋で就職。
M君は大学院へと進み、そのまま研究生として大学に残り、やがて講師に。
教鞭を取りながら、研究のため、アフリカと日本を行き来する生活を始めていました。

K君とは、実家が一番近いせいもあり、
帰省するごとに道で行き会ったり、今回の振舞の準備を一緒に進めてきたりで、
近年は話をする機会がまた増えてきて、
懐かしいやら嬉しいやら、
もう完全に童心に帰った様に接することが出来てきました。
ただし互い大酒のみになった童です。

振舞本番を3日後に控えた12月29日。
「Mは果たして当日来られるのだろうか」
これが僕とK君との、振舞本番当日を控えた二人の間の最大の関心ごとであり、
大きな不安材料でした。
「ここまでみんなと一緒に準備を進めることが出来てきたけれど、
せっかくなら、どうせなら、Mも一緒でないと・・・・。」
互いに口には出さないものの、それぞれの気持ちは、痛いほど判っていました。

30日の作業が終わり、翌31日。
いよいよ振舞当日朝。
M現れず。

午前中の作業が慌しく終了。
準備順調。
昼食。
M表れず。

夕方、休憩。
打ち合わせ。
しばし談笑。
その時、

「おおおっ!」というK君の声。
「来たか!」

「遅くなってゴメン、久し振り!」

M、登場。

K君は、自分がもっとM君と話したいにも関わらず、すぐに
「お待ちかねだよ」と、
僕の方を指差しました。
すっかり頬がこけて、でも相変わらず精悍なM君の顔。

僕は痛めている右足を引き摺りながら、M君の元へ歩み寄り、
静かに彼の肩を抱き寄せました。

「お帰り!」


これが僕が人生で初めて、人と再会して、涙を流した瞬間のお話です。
遠くに旅に出た一羽のカラスが、故郷の古巣にほんのひと時立ち寄り、
その瞬間だけ昔の通りの三羽のカラスに戻ったというお話です。

それではまた!第24号にてお会いしましょう!(TSUKA)

癒しの雑服屋 レコルト   TEL&FAX:0572-24-0743

Mail:info@recolte.jp     


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